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Lee Iacoccaによって考えられた“a sports car for masses”〈大衆の為のスポーツカー〉“MUSTANG”はコンパクトなボディと幅広い顧客のニーズ “from luxury to economy, from sporty to family car”に対応すべく豊富なオプションが用意されオーダーメイド感覚で自分だけの車が持てるという画期的なものでした。
- 1.シカゴでは
- フォードディーラーはショールームのドアに鍵をかけた。
一度にあまりにも多くの人がショールームにおしかけたためけが人が出る恐れがあったから。 - 2.ピッツバーグでは
- フォードディーラーは困った。あまりの人だかりで洗車台から新車が降ろせない。
- 3.サンフランシスコでは
- トラックのドライバーが言った。
その姿に心を奪われてそのままトラックでショールームに突っ込んでしまった。 - 4.テキサスでは
- ショーウィンドウに飾られた最後の1台の購入権を獲得した客が15人の熱心な購入希望者と一緒にショールームで一夜を過ごした。
翌朝彼の小切手が銀行に確認されるまで。
これはすべて当時アメリカではじめて“MUSTANG(マスタング)”がディーラーに並んだ日の様子を伝えたものです。1台の車がこれだけの騒ぎを起こしてしまったことは歴史上 世界中を見てもこの“MUSTANG”だけなのです。
この当時“MUSTANG(マスタング)”の爆発的な人気(“Pony car”時代の幕開け)に追随した他のメーカーはシボレーカマロ、ポンティアックファイヤーバード、プリマスバラクーダ、AMCジャベリン、ダッジチャレンジャーなどの“Pony car”を
市場に投入するものの時代の流れに生産中止の憂き目にあうこととなっていきます。
そのような流れの中でも一度も生産中止になることもなく唯一生き残っているのが “MUSTANG(マスタング)” なのです。この事実ひとつとってもアメリカ人にとって MUSTANG(マスタング)がどれくらい特別なものかがおわかりになると思います。
ここではそんな“MUSTANG(マスタング)”の中で一般的に “Classic Mustang”と呼ばれる1964年から1973年までのモデルを年代別に紹介していきます。
1964~1966 “Pony car”
Fordが近代的なマーケットリサーチを徹底的に行って市場に投入されたMUSTANG(マスタング)
歴史的にも世界的にも類を見ない爆発的な販売台数を記録したこの車は
“Pony car”という自動車文化の新しいジャンルを牽引することになる。
1964年
1964年3月9日から8月17日まで生産された初期のモデルをさす。
ボディタイプはクーペおよびコンバーチブルのみで機械的な部分のジェネレータ、パワステ、エンジンなどはFALCONなどからの流用。
一般的に64 1/2と呼ばれるこのモデルは厳密に言うとシリアル番号が5から始まる65年モデル。違いはエンジンを表すコードが65-66のT.A.C.KではなくU.F.D.Kで260V8というエンジンが存在するのもこの年式の特徴。
またこの年式にはG.T.と呼ばれるモデルは存在しない。(G.T.の登場は65年4月以降。)
この年INDIANAPOLIS500のOfficial pace carにもなっている。
1965年
64 1/2生産が終了すると同時にFastbackを市場に投入、
その2ヶ月後にはShelby G.T.350の生産も開始される。
64 1/2 と65モデルは基本的に外観は同じ。内装はDecor Interior Group(Pony Interior)が65年3月から選べるようになる。
またメーターパネルは64 1/2 65のスタンダードモデルはスピードメーターの針が横に動くタイプ、65G.T.には丸型5連という違いがある。
シート素材やカラーも年式によって違いがある。特殊なモデルとして”T-5”, “SPRINT”などがある。
1966年
外観上 グリルやサイドオーナメントをマイナーチェンジ、この年 クーペが約50万台、ファストバック7.3万台、
コンバーチブル7.2万台というマスタング史上最大の販売台数を記録した。
100万台記念のSPRINT,ディーラー限定のHi-country specialも登場した。
また66年のShelbyはHertzレンタカーに専用のG.T.350Hというモデルを
供給、レンタカーとしてShelbyに乗ることもできた。
1967~1968 “Safety” & “Performance”
このモデルチェンジは爆発的に売れた初代 “Mustang”のスタイルを継承しつつ“Safety”と“Performance”の向上を軸に行われた。
“Safety”ひじ掛けやステアリングを衝撃吸収タイプにする、インパネをより見やすく、操作系をより操作しやすくするなど。
“Performance”390c.i.(cubic inch) Big Blockエンジンの投入、Wide&Tallに見せるため
フロントグリルの大型化、G.T.40の“Kamm Back”を模したテールまわりなど見た目の“Performance”向上も行われた。
1967年
この年式から吊り下げ式のクーラー以外にインダッシュタイプのエアコンやチルトステアリングなど選択できるようになり、快適さも向上した。
また特徴的なのはデラックスインテリアで65~73までの “MUSTANG”で唯一アルミパネルの装飾が施されていることである。
特殊なモデルとしては”High Country Special” “Lone Star Limited” “Stallion”などがあった。
Shelbyはこの年既存のG.T.350に加えて428c.i.のエンジンを搭載したG.T.500を投入した。
1968年
外観上はグリル、サイドオーナメント等のマイナーチェンジにとどまるがエンジンラインナップに427c.i.が加わり、
後期には428CJと呼ばれる428Cobra Jetエンジンを搭載した少数モデルも登場した。
また車を構成するパーツ面で大きな変更があったのもこの年。67年までは基本的に64~66のパーツを流用していたが68年からは
かなりの部品がのちの69~70年モデルに使われることになるまったく新しいものに変更されている。
また、ディーラー限定のGT/CS、High Country Special、その他 Sprintなどの特殊なモデルも存在していた。
Shelbyはこの年L.A.のShelby American工場からMichiganのA.O.Smith Companyに工場を移して生産を継続、新たにG.T.500KR
(King of the road)を投入、コンバーチブルが正式にラインナップに加わった。
1969~1970 “High Performance”
世の中のニーズがより“High Performance”なスポーツカーを求める方向に向かっていく中この69~70年モデルは市場に投入された。 コンセプトは ルックスも走行性能もとにかく“High Performance”大排気量、高出力のエンジンを載せたモデルを市場に投入していった。 またルックス的にもFastbackが圧倒的に支持された。実際1969年のFastback の売り上げは総売り上げ台数の44.8%を占めた。 (前年までは総売り上げに対して5.8%~13%だった。)
1969年
今までFastbackと呼ばれていたモデルを “Sports roof”という名称に変え、トランクにビルトインスポイラーを装着し、内装はDual cockpitと呼ばれる
ダッシュ形状に変更、G.T.の他にMach1というよりスポーティなグレードを設定したり、Boss302,Boss429などレースに直結するモデルもリリースされた。
ボディサイズも今までより長さを4インチ長くするなど より “Low & Long” で“High Performance”なイメージを前面に押し出した。
ヘッドランプも “MUSTANG”初の4灯式で特徴あるものとなった。G.T.やMach1などのShaker Scoop、リヤマウントバッテリー、
フードピン、フロントおよびリヤスポイラーなどより“High Performance”な雰囲気を醸し出すオプションがリリースされた。
そんな時代の流れの中でもFORDは “MUSTANG”のすべての顧客のニーズに応えるという基本理念は忘れてはおらず、LuxuryなGrande,
Economyな “E”(Sports roofに直6のエンジン、Low axle ratioでオートマのモデル)なども リリースしていた。
またPhiladelphiaでは600というモデルも存在していた。
Boss302はTrans-AmレースにBoss429はNASCARレースのホモロゲーションの為に市場投入され実際のレースでも数々のトロフィを獲得した。
余談だが Boss429はメーカー公表370hpだったが当時レース用エンジンの
馬力は少なめに発表するのが常だったらしく実際は600hp近くあったという話もある。
ShelbyはKRがラインナップから消えたがニューモデルとなって健在。71~73モデルのようなオープンタイプのグリル、リヤバンパーの
中央から飛び出すマフラーエンドなどが特徴的だった。
1970年
ヘッドランプまわりの変更およびG.T.グレードの廃止、4speed transのすべてのシフタ―にHurstのシフタ―を付けるなどが
主な変更点であった。外観上特にフロントマスクが大きく変更されたことにより69年、70年は別のモデルと勘違いされやすいがボディその他は基本的に
同じものを使用しておりあくまでもマイナーチェンジである。
ディーラー限定の “Sidewinder” “Twister Special”なども販売された。
1971~1973 “BIG MUSTANG”
のちの評論家たちがなぜこんなモデルチェンジをしたのかと首をかしげた程の“Longer ,Lower & Wider” な方向性。 ただこの当時(きっと今も)のアメリカ人にとって大きいことはパワーの象徴であり69年に始まった“High Performance”競争の行き着いたところが このモデルチェンジだったのだろう。もはや“Pony Car”と呼べない “BIG MUSTANG” これが最後の“Pony Car”となった。
1971年
機関的には428c.i.のビッグブロックエンジンが廃止、新開発の429エンジンが登場する。428は50年代から使用しているFEと呼ばれる系統のエンジンで
構造的な古さは否めなかった。429というエンジンは460に排気量アップされ90年代までフォードのエンジンラインナップからは消えることがなかった。
また、Boss シリーズはBoss351Spots roofとして名前が残るもレースに直結したモデルではなかった。
当然Shelbyも71年以降ラインナップから消えてしまうこととなった。パワーウィンドウ、リヤ熱線、間欠ワイパーなどより快適性向上のオプションが充実した年でもある。
Mach1風な外観を持つSports Hard Topというクーペモデルも存在した。
1972年
時代がハイオクのガソリンを大量に消費するマッスルカ―からレギュラーガソリンで走る経済的な車を望む中、FORDの方向性もすでに74年以降のMustang Ⅱプロジェクトに
移行していたことにより429エンジン、Boss351Sports roof の廃止トランスミッションとリヤアクセルレシオのオプション数の簡素化などで
売り上げが下降していく“Pony Car”市場を乗り切ろうとしていた。そのため、外観上のマイナーチェンジすらほとんど行われなかった。
しいて言うならば新たにSPRINTというオプションパッケージを投入することでバリエーションの減ったオプションの隙間を埋めていた。
1973年
最後の“Pony Car” 翌年のフルモデルチェンジを控え72年にはしなかった、大掛かりなマイナーチェンジが行われた。
64年から始まる2年毎のフルモデルチェンジが行われなかったせいか“Pony Car”時代の牽引車としての最後のプライドだったのか(個人的には後者だと思いたい)
フロントマスク(フロントマスク変更の為にフロントフェンダーさえ別の物にしたりした)、リヤまわり、インテリアなど変更
最後の“Pony Car”とふさわしいモデルに仕上がっている。アメリカでは影の薄い “BIG MUSTANG”だがそのおかげもあって
この73年モデルだけは少しだけコレクターアイテムになっている。
できるだけ資料に基づいて解説したつもりですが個人的な見解も多少入っておりますのでご了承ください。
また何か間違い等ございましたらご指摘くださいます様よろしくお願いします。






